環境に優しく生きる


 もし可能なら車には乗らない。公共交通機関で通う。人間一人が移動するために何トンもの物体を動かすのにはなにか抵抗がある。乗るとしたら安全運転で。急加速をせず余速で走る。アイドリングストップを極める。
 夏はエアコンの負担を減らすため打ち水をする。市役所は降水確率10%以下の猛暑日には夕方4時に「打ち水をしましょう」と市内放送した方がよいと思う。石やコンクリートは昼間の熱を保っている。
 スパゲティー茹でたら最後の1分は余熱で放置する。鍋の温かい湯は最後に食器洗いに廻す(油を溶かす)。なるべく合成洗剤を使わないで洗う。洗濯機も普通の服なら水洗いでも充分。体にも優しい。使うなら控えめにする。
 食器は水に半日浸しておいて湯で洗う。カレーの食器でも、シンクで1日水につけておけば脂分は溶けて洗いやすくなる。落ちにくい油もコンロで焚いた熱湯で濯げば大丈夫。70℃ぐらいで油分は溶けると思う。食器洗い器も熱湯が出るなら洗剤なくても良い。手洗いで済ませられるものなら手洗いで。マイ箸も湯洗いで。洗いものをして手についた油は、もともと胃の中に入る食用油なので、手についたままでも大丈夫。合成洗剤がついたままであるよりは遥かに健康的。むしろ乾燥肌対策に。気になるなら石鹸で落とす。
 身体を洗うたびに環境は汚れる。床屋は一日20人近くもシャンプーしてるのでシャンプーは良い物使わないと手が荒れると言っていた。市販のものは使えないようだ。かといって洗浄成分に硫酸系やスルホン酸系を使ってないものになると高い。シャンプーには不向きではあるが僕はたいてい石鹸で洗って済ませている(髪も湯洗いで脂分の8割は落ちるとの実験結果があるようだが匂いは残る)。石鹸はそのまま全身洗える。石鹸はいつの間にかネズミの食材にもなってるが人体・環境への負荷は低いと言える(ラット実験)。ひげ剃りも石鹸で充分。シェービングフォームなんて使わなくていい。リンスが必要なら竹酢液を使う。自然のものは経皮毒にならない。洗顔は水洗いでよく、むしろ脂分が残っている方が脂症になりにくいらしい。
 世の中には余計な潔癖症がある。それにより抵抗力を失いアレルギーになっていたら元も子もない。都会派の人はサルトルみたいに自然を嫌う。除草剤を使ってまで除草しなくてもいいと思える場所がある。それを自然に戻すまでの地球や大気の自浄力について考えることはないのか。地球が自浄する労働をせずに済めば、その大地や大気は遊べる。太古の世界のように生命力をもって清々しくなる。薬品・洗浄剤の類いを使うとその土壌は病気になるし動植物も遊べなくなってしまう。工場が使った跡地を次に人が住めるようにするには千坪で1000万の土壌洗浄費がかかる(重汚染だと4000万)。今を生き抜くために環境を犠牲にしないとやっていけないのは社会構造上の問題だからともかく無駄な土壌汚染はやめてほしい。お墓も除草剤を撒いたらいけない。もちろんオカルト的な意味で。
 みんな放射性セシウムには神経質になってるけど、福島原発の近郊ではまだ動植物は普通の形で生きている。ホットスポットでない限り。でも車の解体業者とかクリーニング工場跡地では植物は育たない。やっとのことでたんぽぽが生えてもしおれてる。生体が普通には生きられない毒性の強さになる。工場の跡地のケミカルも半減期30年以上だろう。人工的なゴミは分解自然化されにくい。海辺の波打ち際には前世紀のゴミがいつまでも打ち寄せられている。
 富士山が世界遺産に登録されないのはゴミが散乱してるから。自然界に投げ捨てられたゴミの分量は悲惨で、お寺の奉仕でバス2台で島根の沿岸までゴミ拾いに行ったときはみんなで浅瀬50m分拾えたかどうか。たとい見た目汚くてもそこに生き物が泳いでいれば問題ないがワカメは生えていなかったし多分魚もいなかった。発泡スチロールが海表を覆うグロい海だった。


土地の神に敬意を払ってないとそこにいる人間も猫も劣化する。お寺の猫は妖艶。妖艶なのは優れている。

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